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穂村弘作品におけるテーマの変遷――近作評を中心として・2

mutsukimiyako.hatenablog.com

すごく間が空いてしまっていまさら恥ずかしいのですが、前回の記事の続きです。2009年から現在の穂村弘作品をざっくりと整理・解説します。
 
穂村弘作品リストについては、Twitterで協力を呼びかけ、有志のみなさまより提供いただいた情報をまとめました。ご協力いただいたみなさまに改めてお礼申し上げます。
※百首選の公開については、穂村弘さんご本人より許可をいただいております。
 
◆2009-2010年
この時期の歌も同じく子供視点の歌が多いのですが、前2年よりも文体に硬質さ、冷静さが戻ってきます。簡単に言うと、本来の(?)大人の穂村弘の使う言葉で、子供的感覚を言うことにシフトしてきます。
この時期の歌っていい歌が多くて、非常に胸に迫るものがある。
 
  • 真夜中に朱肉探してお父さんお母さんお父さんお母さん  「ひなあられ!」 (穂村弘近作百首選 46番掲載、以下付番のみ)
 
朱肉が見つからなくて、真夜中の真っ暗な中をさまよっているんですよね。明日、学校に提出しなきゃいけないプリントを忘れてた、とかで。お父さんかお母さんだったら朱肉の場所を知っているはずだから、何度も呼びかけている。でも結局、最後までお父さんもお母さんも出てきてくれないんです。「お父さんお母さん」のリフレインで歌が終わると、お父さんもお母さんも永遠に見つからなくなってしまうような感覚がもたらされます。その永久に続く暗い不安感。
同じ連作の〈ひなあられ指にくっつくゆうやみの小田急相模原は無人駅〉(48)も良い。エッセイ等に書かれてますが、相模原は穂村弘が小学生時代を過ごした場所です。ノスタルジーとあいまって、絶妙な暗さが滲んでくる。
 
ひとつ、この時期で転機になっていると感じられるのが「新しい髪型」という連作です。

 

  • 海光よ 何かの継ぎ目に来るたびに規則正しく跳ねる僕らは(50)  「新しい髪型」

 

一連の最初に置かれたこの歌に象徴されるように、大人とも子どもともつかない微妙な「継ぎ目」の地点から、〈母〉を詠った連作です。
連作序盤に、〈クリスマスの炬燵あかくておかあさんのちいさなちいさなちいさな鼾〉という、子どもの視点から詠まれた母の歌があり、またその数首後に〈あ、一瞬誰だかわかりませんでした 天国で髪型を変えたのか〉という歌がある。こちらは現在から見て、亡くなったお母様だと思います。このように過去と現在、子どもと大人の目線とがこれまで以上に複雑に絡まり合って、一人の〈母〉を描き出そうとしていることがわかる。
亡くなったお母様が天国で髪型を変えた、これがひとつ象徴的な出来事として、子どもにせよ大人にせよ「僕」の時間が前に動き出す……。
記憶の中に留まるばかりだった〈お母さん〉が新しい姿を得て、〈お母さん〉も〈僕〉も独立して歩み始める、そんなイメージで読みました。

◆2011-2013
2011年以降、穂村作品において扱われるテーマが多様化していきます。あからさまな子ども主体の歌は少なくなってゆき、テーマにもモチーフにも、これまでの穂村弘にはなかった新たなテンションが増えてくる。
なかでもここ数年、震災や戦争、軍隊についての言及が増えたことは特徴的です。
2011年は震災の年でした。またこのくらいの時期から、秘密保護法案や憲法9条やら安保法案やら、政治もきな臭くなってくる。このへんの社会情勢がテーマに影響しているんじゃないかと考えられます。

「花見2011」は〈今日はまだ余震がなくてきらきらと立ったまま眠れそうなお天気〉という歌から始まる一連。といっても連作中には他にはっきりと地震が詠まれたものはなく、桜とアンドロイド、胡桃割り人形と、どことなく近未来的ですべすべした感触の歌が多い。
少し戻って2009年に 〈胡桃割り人形同士すれちがう胡桃割り尽くされたる世界〉(47)という歌がありますが、「花見2011」にはこの胡桃割り人形が再登場します。

  • アレガ胡桃カモ知レナイと瓦斯タンクをみつめる胡桃割り人形は(65)

殻付きの胡桃って、ほとんど見ないですよね。コンビニに行っても西友に行っても、可食部だけがきれいにパックされて安く売られている。"胡桃割り尽くされたる世界"というのは恐らくその現実のことで、胡桃割り人形というのは時代の遺物、無用の長物の象徴として登場している。
瓦斯タンクを胡桃のように割ろうとしている人形、って怖くて。時期から考えてこの瓦斯タンクって原発のイメージにも重なる……と言うと恣意的かもしれませんが、世界の破滅、社会の破滅の感覚が色濃く出ていると思いました。

同じく2011年の作品「チェルシー」から。下句はコマーシャルのコピーそのままなんだけど、このタイミングで「別世界」とか言われると、やっぱり、当時の感覚があるのかなと思いますね。
東京という都市はあの震災で壊れたりしなかった、見かけにはなにひとつ変わっていないんだけど、やはり何かが決定的に変わってしまったというのは、みんな感じていたことで。あんまり、そう書かれてないのになんでも震災に結びつけるのは、よくないんですけど、恐らくそういう感覚があるように思います。
次の〈さらさらさらさらさらさらさらさらさらさら牛が粉ミルクになってゆく〉(67)、この歌は怖い。穂村さんは近年の歌論で、社会がどんどん合理的になってコンビニでいつでも何でも買えて"生き延びること"は容易くなった、その合理性の暴力的な側面をよく言われるんですが、この歌はそれを端的に言ってますよね。人間のコンビニ的社会基準が、「牛」を「粉ミルク」にひとっとびで変えてしまうという。

2012年の作「蜂鳥」は、主体は中学生か高校生くらいに思えます。小学生を思わせる主体はこれまでたびたび出現していましたが、このくらいの、この年齢で書かれたものってなかったので、それがひとつ興味深い。

  • 蜂鳥、求婚、戦争が止まってる 言葉を習う窓の向こうで(69)  「蜂鳥」
  • 目の前の背に透けているブラジャーのここにたしかにあるということ(70)

「蜂鳥」は一連八首で短い連作なのですが、この作品からは"戦争"がより現実として身に迫っている感じが伝わってきます。
2003年の〈電車の中でもセックスをせよ戦争へゆくのはきっときみたちだから〉(9)の戦争はなんというか、「戦争たるもの」という感じで、より抽象性が高い。対してこちらの「言葉を習う窓の向こう」の戦争は、自分とは隔てられているとはいえ、本当にそこで行われている"戦争"だと思う。
加えて、「ここにたしかにあるということ」という実感の仕方。授業中の風景という感じで、少し茶化しているのかもしれないですが、静かなテンポながら「生」の求心力を強く感じます。

ちょっと後ろに飛びますが、2015年に発表された「ふりかけの町」という一連。ここにはかなりはっきりと軍隊のことが、しかも、子供を集めて軍隊にするという話が出ています。

  • 我が校の不良を完全にびびらせておそろしすぎる他校の不良(96)  「ふりかけの町」
  • みたこともないほどおそろしい他校の不良を蹴った他校の先生

この連作については寺井龍哉さんが以前、これらの歌が集団自衛権に関わるのではないかと、Twitterで指摘されていました。

 
それで、ああ、そうだなあ、と。
かつての穂村弘の歌というのは、前回回転ドアは、順番に』のあとがきを例に取ったとおり、空想の力を借りた言葉だった。
だからより抽象度の高い、本質的なことを言おうとしていたし、文体もそれに最適化されていたんだと思います。
その頃の"ほむほむ"を読むときの態度で臨んでいると、「ふりかけの町」もファンタジーとして読めてしまうのですが、やはりここは現実の戦争、現実の軍隊、現実の日本の政治情勢と全く関わりがないと言ってしまえば嘘になると思う。
2016年1月の短歌研究の座談会で、穂村さんが「塚本邦雄の歌の、政治批判や戦争を下敷きにしてアイロニーを繰り出すことに昔は引いてたけど、今読むとこれはほんとじゃん、って思う」といった発言をされてたと思うんですが、なんていうか、その「ほんとじゃん」って感じなのかなと思います。戦争も政治も遠い世界の出来事だったのに、いつのまにか、あれ、ほんとじゃん、って。その危機感が、穂村弘の歌に圧をかけている。

同じ連作で、〈炎天下だあれもいないみんな長渕剛のコンサートに行ったのか〉(97)。
これって震災詠なんですよね、たぶん。
いつだったか穂村さんが言ってるのを聞いたんですが、長渕剛が震災後に被災地でチャリティコンサートを開いて、ものすごい人が集まってみんな感動してた、それを見てなんか無力さに絶望してしまった……みたいな話をされていて。
そのときはあんまり理解できなかったし、だからここから言うことは私の想像で穂村さんの意見ではないのですが、長渕剛って、コミュニティ、ちょっと遠いじゃないですか。文学からといっていいのかなんというか。だから普段は聴かないし、むしろちょっと、なんとなく軽視してしまう気がするんですけど。そのコミュニティから外れていると。
でも実際、長渕剛が被災地に行って、救われた人が何万人もいた。本当に素晴らしく、偉大なことで、それゆえに、普段の自分の浅はかさを恥じてしまう。長渕を侮ってたのに、自分はなにもできてないじゃん、みたいな。そういった恥ずかしさと、その尊敬を自分の恥ずかしさに押しやってはいけない絶望感みたいなもの。
もちろん、穂村さんの言ってたことと自分の今言った感覚とは違うかもしれないんですけど……。そのお話が印象的だったし、なんとなくこの感覚は捨て置けない感じがして、百首にも入れました。

話は変わりますが、この時期の歌でひとつ言っときたいのが、笑っちゃうくらい加藤治郎さんのお名前が出てくるっていうことです。

  • 六代目加藤治郎が八代目岡井隆の頬打つ響き(61)  「『鼻血』のママ」
  • 「ジロー、チェンジ、キカイダー」と命じても「ううう」と呻く加藤治郎は(75)  「無条件コーンフレーク」

加藤治郎、だいぶロボットなんですよね。割合でいうと九割くらいロボット。でも一割、人間の部分が残ってて、その一割の人間らしさのせいで、交替させようとすると「ううう」って呻くばかりになっちゃう。だからロボットとしてはポンコツなんですけど、なんだかその一割の部分が人間・加藤治郎の良さをめちゃくちゃ輝かせている感じがして。穂村弘加藤治郎短歌、どれも楽しそうできらきらしていて印象的です。

◆2013〜2014 極東のアリスシリーズ
あえて別立てにしてるんですが、2013年から2014年にかけて穂村さんは「極東のアリス」というテーマでいくつか作品が発表されています。
私が入手できた中だと「極東のアリス」、「極東のアリス・2」、「歯」、「遠足」がこれに当たるかと思われました。

  • 目覚めよと香車にそっと口づける極東のアリスの光る黒髪(81)  「極東のアリス」
  • 金髪のアリスと将棋を指している窓の向こうに降りつづく花(82)  「極東のアリス・2」
  • 「この猫は毒があるから気をつけて」と猫は喋った自分のことを(84)  「遠足」
極東のアリスシリーズ、とても魅力的です。"まみ"ほどのキャラクター性はないけれど、アリスという永遠の憧れの少女、それに将棋とか俳句とか和のモチーフとが合わさっていて、奇妙でキュートな世界観が立ち上がっている。何か、蠱惑的な世界があって、これでもっとまとまって読みたいという欲望があります。

◆2014〜現在
2014以降からの作品は、テーマやモチーフに大きな変更は見られませんが、ひとつ「素顔の穂村弘的新たな顔」、と、めんどうな文法で書きますけど、その、いわゆる素顔っぽさが出てくるのが特徴です。

2011年にインタビューした記事で、『手紙魔まみ、わたしたちの引越し』にも載せたのですが、そのとき穂村さんが「かつての文体は非常にスタイリッシュ、二枚目的になっていた。けれど自分の自意識の在り方が変わって、本もいっぱい出せたし、ある程度そのままでもいいんじゃないかなって」というようなことを仰っていて。そのときに例えにあがっていたのは〈よかったら二枚着てください僕は旅館の浴衣が苦手だから 〉(62)、2011年の作でした。
あらためて見返してみると、こういった、等身大っぽい、素顔っぽい歌というのはその後も発表されているようです。

どこのブックオフでも穂村弘の本、ありそうですが。ちょっとこの自意識の持ち方っていままでなかったですよね。
この歌がいい歌かというとそうでもないんです。むしろ、ある程度の歌人で、自分の本が新古書店に売られてるよ……みたいながっかり感ってありがちだと思うんですけど、逆に穂村弘はそういう、現実の歌人でありエッセイも評論も書く売れっ子の「穂村弘」と、歌の中の主体が直結するような歌をほとんど書いてこなかったので、こういった素朴な感想みたいなものが逆に新鮮だった。

  • 坪野哲久になれない 十回に一回くらい受け取るティッシュ(100) 「五百円玉の夜」
この歌では坪野哲久っていうところがおもしろくて。だって、今まで穂村弘の短歌の中の主体は、坪野哲久への志向は、なかったじゃないですか。
今も本気でそっちに行こうとはしてないと思うし、これは冗談入ってると思うけど。街を歩いててティッシュを断りきれずに受け取っちゃうとき、なんかふっと「ああおれ、こんなんじゃ坪野哲久にはなれないなあ」って思うんでしょう。アラン・ドロンから坪野哲久ですよ。ものすごい方向転換です。
もう少し深読みすると、坪野哲久という人は政治思想的にプロレタリアの人で、短歌もプロレタリアでやっていた人で。私は坪野哲久について詳しく読んだわけではないのですが、政治的にも短歌にも非常に生身で取り組んだ人、という印象がある。
戦争があって、プロレタリア思想は弾圧されてしまうし、短歌史的にもうやむやになってしまうんだけど、その中でも抗い続けた人が、坪野哲久。
そこでなんでここで坪野哲久なのかというと、穂村弘という歌人の中に、なにかジレンマがあるように思えるんです。ニューウェーブのポップな口語体でやってきて、現在までにいろいろと自覚的に変化し続けてはいるものの、やっぱり根本的な口調はずっと同じところで来ている。これは、読者がそれを求めているというところも大きいのでしょうけれども。
その文体で、いまリアルに起きている震災や戦争や政治をどうやって詠うのか、という。その問題意識が、今現在の穂村弘作品の重要なテーマなのではないか、と、睨んでいます。

***

2003年から現在までの13年間の穂村弘作品を、ざっと見てきました。

今回のエントリは前編のあとすぐに出すつもりだったのですが、なんだかんだと時間がかかってしまって、時間が経つとなんとなく出しづらくなる気持ちがあったり、もっと正確に書かなきゃいけないような気持ちになったり、こう思ってたけどほんとはこうなんじゃないかという思考の滝壺にはまって出られなくなって、それでまた時間がかかり……というループになってしまいました。
ひとまず今日のところは、これで記事に残すことにします。ただ、穂村作品においてまだまだ掬い取れていない部分、分析できていない部分はかなりあって、そこは今後の私もやるつもりだし、例の近作リストや百首選やこのエントリなんかを手がかりに、誰かが取り組んでくれたらいいなと思います。
 
資料集めやリスト作り、かなりがんばったので、ぜひ使ってください。そしてそこから、どこかで新たな穂村弘研究が進んだら、それはすごく嬉しいなと思います。それでは。